【連載:再起のゴルフ⑤】生ける伝説超えの代償。初めて手にした「銀メダル」は砂の味がした
Episode1:運命のトーナメント表

20ホールの死闘を制した直後。アドレナリンが沸騰したまま覗き込んだトーナメント表で、私の血の気は一瞬にして引いた。
次の対戦相手の欄にある、その名前。 「競技委員長・当クラブのスーパーレジェンド(HDCP 3)」
このクラブの絶対的象徴。飛距離でねじ伏せるのではない。精密機械のアイアンと、相手に絶望を与えるようなアプローチで、淡々と心を折ってくる「生ける伝説」だ。さっきまでの充実感は吹き飛び、そびえ立つ絶壁を見上げるような錯覚に陥った。
「ここまで来たら、砕け散るまでやってやる」 震える膝を両手で叩き、私は己を鼓舞した。
Episode2:届いた「ハガキ」

決戦を数日後に控えた日、ポストに一通のハガキが届いた。クラブからのハンディキャップ改訂通知。 【HDCP 11 → 10】
予選トップ通過の勲章。数年前にスコア121という深い闇の中で「俺にはもうゴルフのセンスがない」と底なしの絶望を味わった男が、ついにシングルの領域に指をかけた瞬間だった。 しかも、キャプテン杯は申込時のハンデが適用される。実力は「10」に上がったが、試合では「11」として戦える。神様がくれた、強力な追い風。
「今の俺は、間違いなくノッている」 この恩恵を背に受け、私は決戦のティーグラウンドに立った。
Episode3:12番ホールの「神の一打」

迎えた準決勝当日。目の前のレジェンドは、樹齢100年の大木のように微動だにしない威圧感を放っていた。だが、私には「あの死闘を越えた」という鎧がある。
ハンデの差の追い風もあり、序盤から気合と練習の成果が火を噴いた。ショットはことごとく芯を喰い、前半を終えてなんと3アップ。後半に入っても勢いは止まらず、4アップの大量リードで迎えた12番ホール。 左右から木々が迫る、息が詰まるほど狭いフェアウェイ。少しでも力めば即死のプレッシャーの中、私は迷いなくドライバーを振り抜いた。
乾いた打音と共に放たれた球は、美しいドローの軌道を描き、フェアウェイのど真ん中を完璧に射抜いた。 その時だ。横で見ていたレジェンドが、ポツリと、しかしはっきりとした声で呟いた。
「……ハンデ11でこの球を打つ人には、さすがに勝てない!」
あの絶対的王者が、俺のゴルフを認めた。不意に鼻の奥がツンと熱くなるのを、必死に飲み込んだ。
Episode4:カップの土手を叩く、執念の10メートル

だが、伝説はここから真の牙を剥いた。絶望的なライからでも神業のように寄せてくるアプローチ。私のリードを、削り出しの刃物のようにじわじわと削り取ってくる。
「あれだけの大量リードから負けるわけにはいかない!」 迎えた16番パー3(185ヤード)。ドーミーホール。 私のティーショットは辛うじてグリーンに乗ったものの、カップまでは10メートル以上の距離が残った。相手はグリーンを外したものの、当然のようにアプローチをピンそばへ寄せてきた。もしここを3パットすれば、完全に流れを喰われる。ズルズルと逆転負けへ引きずり込まれる、生きた心地のしない恐怖。
私はグリーンに這いつくばるように跪き、ラインを慎重に読んだ。 「入れる。外す逃げ道など、1ミリも残さない」
上りのフックライン。腹を決めて打ち抜いたボールは、芝を強く噛み締めながら、一直線にカップへ向かって駆け上がる。
「強いか――!?」 誰もがそう思った瞬間。ボールはカップの奥の土手に激突し、ドンッ!と宙に跳ね上がった。 時間が止まったような空白のあと。
カラーン!!
少年の頃、庭に埋めた空き缶にボールを沈めた時のあの感動が、一瞬脳裏をよぎった。超強気のパットが生んだ、執念のバーディ。
「おいっ!!」 レジェンドの地鳴りのような叫び声が、空に響き渡る。
4アンド2。 数年前、スコア121の落武者だった「てつ」という男が、生ける伝説を打ち破り、クラブの歴史を塗り替えた瞬間だった。
Episode5:狂った歯車と、飲めなかったビール

生ける伝説を打ち破った、歓喜の準決勝。 その後、クラブハウスのレストランには準決勝を戦い抜いた4人の姿があった。
周囲が談笑する中、私だけはどこか上の空だった。何となく頭がぼーっとする。大一番を終えた直後だというのに、ゴルフ場での一番の楽しみである「大好きなビール」に全く手が伸びない。それどころか、食事すら喉を通らなかった。 今思えば、あれが完全に「アドレナリンが切れた」危険信号だったのだ。
決勝の相手は、かつて同じBクラスで切磋琢磨し、数ヶ月前に一足早くAクラスへ昇格したライバル(HDCP 9)。 実は、彼の準決勝の相手は、うちのクラブでもう一人の「狡猾で知られる曲者のレジェンド」だった。正直、決勝にはその曲者が上がってくると思っていたが、ライバルは見事にそのレジェンドを撃破して勝ち上がってきたのだ。
「相手にとって不足はない」 3位決定戦へ向かうレジェンド2人組の後ろ姿を見送りながら、ついに私の初めての決勝戦の火蓋が切って落とされた。
Episode6:崩壊する砂の城

準決勝で格上のレジェンドをなぎ倒した、圧倒的な自信。 うなぎ登りで減っていくハンディキャップの勢い。 負ける要素なんて、一つもない。このままの勢いで一気に頂点まで駆け上がってやる……!!
——そう思っていた時期が、私にもありました。
いざスタートしてみると、現実は残酷だった。 準決勝で心身のエネルギーを1ミリ残らず使い果たしていた私の体は、悲鳴を上げていたのだ。
「……体が、動かない」 先ほどまでのキレのあるスイングはどこへやら。放たれる球は右へ左へ暴れ回り、スコアカードにはボギーとダブルボギーの文字が無惨に並んでいく。
最初は初の決勝という舞台に緊張していた相手も、私のあまりの情けないゴルフを見て、どんどん落ち着きを取り戻していく。そして、私のミスを栄養にするかのように調子を上げ、完全に勢いに乗ってしまった。
一方の私は、反撃の糸口すら掴めない。 さっきまでの「神がかったてつ」は完全に姿を消し、そこにはただの「疲れ切ったただののおじさん」が立っていた。
15番ホールの終戦、そして……
勢いの差はそのままスコアの差となり、勝負はあっけなく決した。 15番ホール、終戦。 私の初めての四大競技挑戦は、決勝戦で手も足も出ないまま、あまりにも無惨な形で幕を閉じた。
トボトボとカートでクラブハウスへ引き返そうとした時、前を回っていた3位決定戦のレジェンドたちが我々に気づき、目を丸くしてこう言い放った。
「おい、お前ら……もう終わったのか?」
情けなさと、悔しさと、少しの滑稽さ。 私はただ、苦笑いを浮かべて頭を下げることしかできなかった。
初めてゴルフで手にした「準優勝」のトロフィー。 それは嬉しくもあり、同時にひどく残酷な重さを持っていた。
かつてテレビでオリンピック中継を見ていた時、銀メダルを首に下げて悔し涙を流す選手を見て、「銀メダルでも十分立派なんだから、もっと胸を張ればいいのに!」と本気で思っていた。
あの日の自分に、言ってやりたい。
「銀メダルでも、負けは負けだ。頂点に手が掛かったところから突き落とされる敗北は、こんなにも、腹の底から悔しいものなんだぞ」と。
四大競技の壁は、高く、そして厚かった。 数年前の121の落武者からの逆襲は、まだまだ終わらない。いや、ここからが本当のスタートなのだ。
次回予告
四大競技の壁に跳ね返され、キャプテン杯の決勝で味わった砂を噛むような辛酸。 しかし、121の落武者の心は、決して折れてはいなかった。
燃え尽きたはずの灰の中で、リベンジの炎は静かに、そして淡々と燃え上がり始めていたのだ。
次なる舞台は、四大競技「理事長杯」。 己の執念を武器に、過去最大の復讐劇が今、幕を開ける!
第6話「リベンジの理事長杯!〜静かなる炎と過去最大の復讐劇〜」 乞うご期待!
